米作り:栽培技術の進歩北海道の例

 

北海道でもお米がとれるようになったというのは、何年前だったのでしょう。

稲が育つ春から夏の期間が短い北海道でお米を作ることは,

まさに時間との戦いで、稲の開花の時や成長の時に、冷たい気温に当たると、

籾の中がからっぽという稲作になりやすいのです。

これではお米ができるはずがありません。

もちろん、寒さに強い品種の改良はなされているのですが、

さらに栽培技術の進歩が期待されるところです。

 


その昔から、北海道や東北などでは、いかに素早く田植えを行うかが大事でした。

ここでは、その栽培技術の進歩を簡単に取り上げてみましょう。

ちょうどいい時期に開花や結実が行えるようにしなければならないのですが、

栽培技術の進歩で実現したと言っていいのでしょう。

まだ田んぼに雪が残っている時期には、雪の上にさらに土を乗せたり、

焼いて黒くなった籾柄を乗せたりしました。

石狩地方では、一度に多くの籾捲きができる「たこあし」と籾の直播方法がとられています。

これが行われたのは、昭和25年ごろのことです

 

しかしながら、直播の方法では、どうしても発芽率が悪く、

石狩地方では新しい栽培技術の開発に取り組みました。

全ての籾が発芽し、株が育つようにと、

次に栽培技術として心配したのが、「温床苗代」と言う方法です。

これはすでに秋田県などでも行われていたのですが、

苗床を油紙で覆い、冷たい外気を避けたのです。

 

このような栽培技術の進歩によって、今日の石狩平野は、

北海道では一番の米の収穫量を誇ることになりました。

ですが、時の流れの中で、今は、石狩平野も荒地や畑となった水田も多いです。

今後、栽培技術の進歩を突くに、機械化や効率化に視点を移したいところです。

昭和
25年ごろの「たこあし」

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