日本の米文化とは
 


主食とお米としてきた日本ですが、さて、米の文化はどのようなものがあるのでしょう。
日本では、縄文時代は約27万人、弥生時代に約60万人、奈良時代600700万人…と、
その人口はお米の生産
量とともに増大してきました。
お米が命をつないできたといってもいいので
す。
ですから、そのお米が栄え続けた理由の一つに米文化というものが
あることを再認識しようではありませんか?
つまり、米は、食べ物としてだ
けではなく、日本人の生活の中で欠かせない慣習を生み出し、
儀式の中
でも大きなかかわりを持ち続けているわけです。

 




例えば、日本各地で行われる夏祭りや秋祭りといえば、
田の神に豊作を願い、感謝することがその始まりでしたし、
田楽などの芸能では、田植えのときのおはやしや歌が始まりでした。
国技である相撲の世界では、
土俵入りなどのときに  「四股(しこ)」をふむという行いがなされますが、
この意味は、大地をふむことで、わざわいを避け、
方策をもたらす田の神の力が消えないようにする目的だったのです。
あるいは、民話な昔話にお米が登場するものも数多くありますね。

 


さらに大切な儀式となる誕生祝い、結婚式、葬式などの際、お米の神秘的な力を求めて、
白いご飯を高く盛り付け、神棚に添える、あるいは米(精白米)を塩とともに供えたりする習慣もあります。
米がこのような日本人の生活文化として、現在まで残っているのはうれしいことですね。

 




ところで、主食となったお米はそれが一番日本で栽培しやすかったからといってもいいでしょう。
ですから、国によっては、ムギやイモ、トウモロコシなどを主食にする国もありますが、
それもまた、その国で栽培がしやすかったのが一番の利用になるのです。
日本の場合、気候がイネが良く育つ条件であったといえます。
日本の梅雨時の雨、夏の高温など、稲は雨と高温を喜ぶところからも、最適な環境だったのです。
さらに、毎年安定した収穫が得られるだけではなく、それを長い
間保存する方法も生み出されたことも、
主食としての地位を確保できた
理由になるでしょう。
和食は元来、自然のうまみを存分に味合うレシピが
多いですが、
そこに一番適したものがお米だったのです。