米作りの効率化:岡山

 


岡山県の例をとって、農機具の利用の歴史を知り、
米作りの効率化を考えてみようと思います。

岡山県では、すでに大正15年に、耕うん機が登場しました。

岡山県在住の西崎浩氏が丸二式の国産第1号機を開発したのですが、

これが全国的に普及したのは、昭和30年になってからでした。

さほどに、耕うん機の開発はさほどには進まなかったのでしょう。

 


昭和50年代以降は、農業構造改善事業によって、機械化に適応した圃場整備が進展しましたので、

耕うん機に代わって、乗用型トラクタの導入が進んだのです。

近年は、農家数が減少し、トラクタの普及も減少していますが、

平成17年には農業経営体の所有台数が1,1台以上となり、増加傾向が見られます。

特に15馬力以上のトラクタに人気があります。

 


一方、田植え機は耕運機より遅れて開発されました。

これが急速に普及したのは、昭和45年以降、種苗移植方式が実用化されてからです。

昭和55年には常用型の田植え機が登場したのですが、

側条施肥方式、田植え同時施肥作業が可能になり、

昭和60年にはロータリ式植付け機構で採用された高速田植機が開発されました。

こうして、作業速度と精度が向上し、米作りの効率化に大いに貢献したのです。

 

このように、農業機械が開発され、普及されることで、

農業経営における規模拡大や低コスト生産の実現が可能になりました。

作業労働は、エネルギー代謝率であらわすのですが、鋤や鍬による耕起作業、

人力による脱穀作業などのエネルギー代謝率が大きく軽減されたのです。

これからは作業の効率化の為に、移植、刈り取り作業など、

歩行型の機械利用が乗用型に移行することが期待されます。