古代の農家
今の日本の水田は、「あきたこまち」や「ひとめぼれ」などある一定の品種をある地域で
一定してつくられてますが、古代の日本では、そうではありませんでした。
各農家がそれぞれの品種・系統を栽培してました。それだけではなく、
一枚の田んぼにも様々な顔をした稲が混じっていました。
理由としては、古代の日本の人は、実ったものを選びながら石包丁で稲穂を摘み取ってい為、
同じ時期に一気に稲穂がつくと適時に刈り取ることができない為(容量不足みたいなもの)
かえって揃っていないほうが作業が集中でき都合が良かったと考えられています。
もちろん、現在は、マーケット的に品種が混在する米を売るのは都合がわるい背景などから
一枚の田んぼに穂のできる時期を一斉になるように遺伝的にまったく等しい稲が一枚の田にまた、広い広い地域で植えられるようになったと思われます。